Tony Williams Quintet 1989
1992 2 Solos Tribute to Miles Davis
Drum Solo
city of lights
at NYC Live full show
Lifetime - June 13, 1971
My Michelle - Live
Around The Midnight (1967) Live
アラン・ドーソン、サム・リヴァースに師事したのち、1962年にジャッキー・マクリーンのグループに参加するため、ニューヨークに移る。翌年1963年にはマイルス・デイヴィスのいわゆる「黄金のクインテット」のメンバーに抜擢され、1969年まで在籍。以後、ロックへの傾倒からジョン・マクラフリン、ラリー・ヤング、アラン・ホールズワース、ジャック・ブルースらを迎え自身のグループのライフタイムを結成したほか、ハービー・ハンコックとのプロジェクト「V.S.O.P.クインテット」に参加し人気を博す。1979年にはマクラフリン、ジャコ・パストリアスとトリオ・オブ・ドームを結成。日本のミュージシャンでは渡辺貞夫、日野皓正、本田竹広らと共演した。1997年、胆嚢の手術の後の心臓発作により死去。 マックス・ローチなどの正統派スタイルからスタートしているが、60年代中期にはフリージャズ、70年前後にはロックの影響を受けてスタイルが変化している。高速の4ビートを得意としており、彼の加入以降のマイルスグループでは同じ曲でも年を追うごとにテンポが早くなっていくのがよくわかる。これはトニーのスピードにマイルスが対抗する形でどんどんテンポ設定が早くなっていったと、自伝でマイルスが語っている。また、加入当初からトニーは2拍4拍でハイハットを踏むことをしなかったため、「ちゃんとハイハットを踏め」と口うるさく言ったとも語っている。しかし、このようなスタイルは他のドラマーに確実に影響を与えた。さらに70年代には、逆に全ての拍でハイハットを踏むようになり、これもまた以降の4ビートの主流となっていった。
※ 青字は未所有