このアルバムの素晴らしさを語るのに物語性をことさら強調する必要はないと思う。録音のタイミングは亡くなる直前だけれども、エヴァンスの残した演奏として、ただ、素晴らしいという言葉しか見当たらない。もし、一瞬でもビル・エヴァンスの音楽に心奪われた方であれば、購入しない選択はないだろう。サンフランシスコ市、キーストンコーナーにおいて、当時、当人たちも知らない間に行われた録音は、エヴァンストリオ最後期の到達点の高さ(深さ)を示す作品となっている。
アルバムの構成的にはConsecration II に一歩譲る点は否定できないが、このConsecration I においては冒頭の「You and the night and the music」がすべてを圧倒すると言っても過言ではない。迫真性と臨場感をもって最初の一音からエヴァンスの演奏が何の迷いもなく進行し、その緊張感はエンディングに至るまで小動(こゆるぎ)もしない。また、自身のソロパートは言うまでもなく、ベースソロに移ってもバッキングに熱い感情が乗り移っていることを聴き手は肌で感じることだろう。マーク・ジョンソンとジョー・ラバーバラの演奏も素晴らしい。突っ走るエヴァンスの演奏を確実に支え、ソロパートにおいても流れを受け継ぎ流麗にまとめるベース、シンバルとスネアを駆使して演奏に刺激を与え続けるラバーバラのドラムス、表現は全く違っても、エヴァンスをして「ファーストトリオに匹敵する」と言わしめたトリオの本領が発揮されている。
近年、エヴァンスの晩年を、近親者の死とからめ、緩慢な自殺と自己崩壊の歩みと見るような説があるが、私はそれに与(くみ)しない。逆に、最晩年のエヴァンスに私が見るのは、個人として肉体的にも精神的にも矛盾を抱えつつも、自分の音楽に対してだけは最後までまっすぐに向き合ったピアニストの姿そのものだ。そもそも、作為性など微塵も感じさせない熱い気持ちの昂ぶりと深い叙情性溢れる演奏を最後まで維持し続けたピアニストに対して自殺願望云々は失礼だろう。死期が近づいていることは知っていたかもしれない。だが、自らの死が近づいても、自己の音楽表現の高みを目指す姿をそこに見ることは出来ないのだろうか。私には、とりわけConsecration において、エヴァンスの創造と人生が交錯する瞬間が見える気がしてならない。
ビレッジバンガードにおけるファーストトリオの録音が、エヴァンス・トリオの素晴らしさを最良の状態で捉えた奇跡とするならば、キーストンコーナーにおけるラストトリオの録音は、エヴァンスの最後の到達点を見せてくれるもう一つの奇跡だろう。その最終演奏の幕開けとして、「You and the night and the music」は何よりもふさわしい。キーストンコーナーでの公演において、一度きりしか演奏されなかったこの曲が、エヴァンスの音楽に対する情熱を雄弁に語ってくれている。 |